Q:家族信託を適用する具体例を教えてください。
A:家族信託とは「家族に自分の財産を信じて託し、財産を管理してもらう制度」です。
従来から、遺言や生前贈与により財産を引き継ぐ方法がありますが、家族信託はいわば「新薬」です。
遺言や生前贈与という方法では実現不可能だったことが、家族信託という新薬により実現可能になります。
遺言により、自分の財産を誰に相続させるかを指定することはできます。
その指定した相続人(「一次相続人」といいます)は、遺言者の財産を相続した後に、将来的には亡くなることになります。
一次相続人が将来的に亡くなった場合に備えて、更に誰を相続人にするか(「二次相続人」といいます)を遺言で指定しておいても、二次相続人を指定した遺言の部分は無効になります。
しかし、家族信託なら、二次相続人や三次相続人を指定することが可能です。
例として、父親には子が1人いて、妻には先立たれているとします。
そして、先妻が亡くなったあと父親は再婚しましたが、その再婚相手と子とは養子縁組をしていないものとします。
父親は、自分が亡くなったときは再婚相手と子に平等に財産を相続させたいと思い、「自分の全財産は再婚相手と子に各2分の1ずつ相続させる」との遺言を遺したとします。
父親の死後、何年かしてから再婚相手が亡くなったとき、父親の遺産はどうなるでしょうか。
もし再婚相手が遺言を残していなければ、父親の遺産は再婚相手の相続人に渡ることになります。
父親としては、将来的に再婚相手が亡くなったときは、自分の財産は最終的には子にすべて相続させたいと考えるのが普通でしょう。
そこで、「自分の全財産は再婚相手と子に各2分の1ずつ相続させる」という遺言に加えて、「再婚相手が死亡したときは子に相続させる」と指定したとしても、後半部分の遺言は無効になります。
なぜなら、遺言によって再婚相手に財産が相続された以上、その財産を処分する権利は再婚相手にあり、父親が決めることはできないためです。
しかし、家族信託なら、この父親の願いを実現することができます。
家族信託には、3人の人物が登場します。「委託者」「受託者」「受益者」の3人です。
委託者とは、財産を信じて託す人のことです。この場合は父親です。
受託者とは、委託者から財産を預かって、管理・運用・処分をする人です。この場合は子にします。
受益者(利益を受ける人)とは、財産の管理・運用・処分によって利益を受ける人です。
委託者と受益者は当初は同じ人(この場合は父親)になることが通常ですので、家族信託が始まった当初は、実質的には登場人物が2人(父親と子)になります。
父親と子との間で家族信託契約を結ぶことにより、当初の受益者を父親にします。
そして、父親が亡くなった場合の受益者(「二次受益者」といいます)として再婚相手と子を指定します。
その再婚相手が亡くなった場合の受益者(正確には「残余財産受益者」といいます)として子を指定します。
この家族信託契約により、父親の存命中は父親の財産は父親のために使われます。
父親の死亡後は再婚相手と子のために使われます。
そして再婚相手が死亡したときは、父親の財産は子が取得することになります。
このようにして、 「先で再婚相手が亡くなったときは、自分の財産は最終的には子にすべて相続させたい」という父親の願いを叶えることが可能になります。
この父親の願いを遺言等の他の方法で実現することは絶対に不可能ですので、家族信託が「新薬」とも称される由縁です。
上記の他に、家族信託によって、次のようなことが可能になります。
①認知症になったときに備えて、子らに事前に財産管理を任せることができる
②判断力が低下したときの詐欺被害等を防止することができる
③障害を持つ子の親の「親亡きあと問題」に対処できる
Q:「親亡きあと問題」への対策として家族信託は有効ですか?
A:障害を持つ子の親にとって、いわゆる「親亡きあと問題」という切実な問題があります。 その問題を解決するために、家族信託は有効な対策のひとつとなります。
例として、父(75歳)と2人の子供がおり、長女(42歳)は健常であるものの、長男(45歳)には知的障害があり、自分では財産管理ができない状態であるとします。
現在、父は長男と同居しており、父が長男の面倒をみています。
そして、自分の死後は、信頼している長女に長男の面倒を見てもらいたいと考えています。
このようなケースでは、父の死後に長男が生活に困らないよう、次のように家族信託契約を結んでおきます。
委託者(財産を託す人):父
受託者(財産を託される人):長女
第一次受益者(信託した財産から利益を受ける人):父
父死亡後の第二次受益者:長男
帰属権利者(信託終了後に残った財産を取得する人):長女
この家族信託により、父の生前は父のために信託財産が使われ、父の死後は、長男のために信託財産が使われます。
さらに、長男亡き後に信託財産が残った場合は、その信託財産は長女が取得することになります。
ところで、自身の死後の長男の生活を心配するあまり、遺言により、長男に多額の財産を遺したとしたらどうでしょうか。
遺言により、長男に多額の財産を相続させても、知的障害があるため、長男は自身で財産を管理することができません。そのため、財産の管理については結局は成年後見制度を利用せざるを得ないことになります。
成年後見人は家庭裁判所が選任し、原則として弁護士や司法書士などの専門職が選任されます。つまり、まったくの第三者が突然家庭の中に入ってくることになります。
そして、父が遺言で相続させた長男名義の多額の財産は、すべて成年後見人が管理することになります。
さらに、長男が亡くなるまで成年後見は終わらないことになります。もちろん、長男が亡くなるまで、成年後見人の報酬も継続的に発生します。
以上のような問題が生じるため、遺言によって長男に財産を遺す方法は避けるべきです。
なお、知的障害を持つ子に対し、親が生前に財産を贈与する方法として「特定贈与信託」という優れた制度もあります。 最高で6,000万円まで非課税で、障害を持つ子に 親の財産を 贈与できる制度です。
特定贈与信託は、信託銀行や信託会社との間で契約を締結するものですので、特定贈与信託をお考えの方は、直接 信託銀行等にお問い合わせ願います。
Q:家族信託の最大の利点は何ですか?
A:最大の利点は、信託した財産については、様々な対策を個別に行う必要がなくなり、家族信託のみで足りるようになることです。
①いまは元気だが、判断能力等が低下した場合に備えて、元気なうちに財産管理を任せる方法には、「財産管理委任契約」があります。
②判断能力が低下した場合の財産管理としては、「成年後見制度」の利用があります。
③自身が死亡した場合の財産の相続人を決めるのは、「遺言」によることになります。
信託法が平成18年に大幅に改正される以前は、上記の①~③のケースごとに、それぞれの対策を採るしか方法がありませんでした。
しかし家族信託では、①~③のケースに対応するため、1つの信託契約の中でまとめて定めておくことができます。
家族信託により、自身が元気なうちから、「財産管理委任契約」によることなく、信頼できる家族に財産管理を任せることができます。
また、家族信託契約後に判断能力が低下して認知症になった場合でも、「成年後見制度」によることなく、家族が引き続き財産管理を行っていくので、資産運用が凍結されることはなく、財産管理には支障が生じません。
さらに、家族信託には遺言と同様の機能があるため、「遺言」によることなく、自身の相続が起こった時に、誰にどの財産を引き継がせるかまで定めておくことができます。
ただし、次のQ&Aのとおり、信託財産以外については別途遺言が必要となることがあります。
Q:家族信託をしておけば、遺言は不要ですか?
A:家族信託により管理・処分できるのは信託財産になった財産のみです。
家族信託では、必ずしも全財産を信託する必要はなく、どの財産を信託財産にするかは委託者の意思により決められます。ですので、信託財産以外の財産については、誰に相続させるかは遺言によって決めておく必要があります。
Q:家族信託契約書は公正証書で作成しなくてはいけませんか?
A:家族信託契約書は、法律上は私文書でもよく、公正証書で作成しなくてもよいこととなっています。
しかし、家族信託契約に基づいて金融機関で受託者名義の口座を開設する場合、公正証書による信託契約書でなければ、金融機関は口座開設に応じないのが現状です。
また、信託契約書の内容について、後になって利害関係人が不服を持ち、信託契約当時、委託者に判断能力があったかどうかを争うなど、問題が生じることがあるため、公正証書で作成するのが原則です。
公正証書は、公証人が委託者と面談したうえで、委託者の判断能力を確認してから作成する公文書であるため、後日、利害関係人が信託契約の効力を争ったとしても、その効力を否定することは非常に難しくなります。
Q:同じ財産に関して「家族信託」と「遺言」の二つがあった場合、どちらが優先しますか?
A:「家族信託」と「遺言」の先後を問わず、「家族信託」が優先します。
先に遺言で相続人を指定した財産につき、後に改めて家族信託をした場合、遺言と抵触する財産処分により遺言は撤回されたものとみなされますので、家族信託が優先します。
また、先に家族信託により相続人を指定した財産につき、後に改めて遺言をした場合、委託者のものではなくなった財産(すでに信託財産となったもの)を遺言で処分することはできなくなるため、 やはり家族信託が優先します。
Q:自分が亡くなったとき(一次相続時)の相続人のみならず、その相続人が亡くなったとき(二次相続時)のことも決めておく方法はありますか?
A:遺言により、自身の相続発生時(一次相続時)に誰にどの財産を相続させるかを決めておくことができます。
しかし、遺言で決められるのは自分の次の代(例:自分の子の代)までです。
自分の財産を相続した者(例:子)が死亡したとき(二次相続時)の財産の承継先を決めておくことはできません。
なぜなら、親の財産を相続した時点で、その財産は子のものになり、誰にどの財産を相続させるかを決めるのは子になるからです。
もし遺言の中で、子が死亡したとき(二次相続時)の相続人を指定したとしても、その部分の遺言は無効になります。
これに対して家族信託では、遺言では実現不可能だった二次相続時の財産の承継人の指定が可能となります。例えば、自分の子が亡くなったときは孫に財産を承継させる、という指定が、家族信託では可能になります。
Q:「法定後見制度」と「家族信託」との違いは何ですか?
A:法定後見制度は、裁判所が選任した後見人が、判断能力が薄弱になった本人に代わり財産の管理などを行います。
後見人には、家族等が希望した候補者が選任されるとは限らず、弁護士や司法書士などの第三者が選任されるケースが大半です。
一方、家族信託は、本人が元気なうちに、本人が信頼している人に財産を託して、その人が財産の管理を行うことになります。つまり、後見人のような第三者が突然介入してくる事態を避けることができます。
また、法定後見制度は本人の不利益になるような財産管理・処分は行えず、原則として本人の利益になる財産管理・処分しか行えません。
例えば、それが、判断力が健全であったときの本人の強い希望であったとしても、本人の財産を子や孫に贈与するようなことはできなくなります。
それに対して、家族信託の場合は、本人の希望に基づいた柔軟な財産管理・処分を行うことができ、本人の判断能力がなくなった場合でも、財産を子や孫に対して引き続き贈与することも可能になります。
Q :法定後見制度の利用を避けるためには
A:本人に認知症の初期症状が出てきた場合、早急に対策を講じる必要があるでしょう。
例えば親がすでに介護施設などに入所していて、軽い認知症が見られる場合であっても、必ずしも契約能力がないとは言えません。
最終的には専門医による診断が必要になりますが、認知症の初期症状の場合であれば判断能力が認められることがありますので、判断能力があるうちに家族信託をすることで、資産の名義を例えば長男に変えておけば、本人に代わって長男の名義で種々の契約をすることが可能となります。
認知症が進行し、親である財産所有者が完全に認知症になってしまい、判断能力が認められない状態になりますと、例えば不動産の賃貸や売却などの契約はできなくなります。
また、相続対策としての生前贈与もできなくなります。
このような状態になった場合、不動産や預金等の処分をするには法定後見制度を利用する以外に方法がなくなります。